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2009年8月11日 (火)

白いひも

そのOさんは、人が消失する瞬間を、いちどだけ見たことがある。
社会人になったばかりの真夜中、ひとりでアパートに帰るとちゅうのことだった。
いつもの道を急いでいると、三十メートルくらい前方に、Oさんと同じように帰宅を急ぐ男がいる。
男は、ときどき立ち止まっては両手を頭上でふりまわしている。
虫でも追い払っているように見えた。といっても冬のことだったのでそんなに虫がいるはずがなかった。
やがてOさんは、男に追いついてしまった。
どうもまともな人じゃないな、と思っていたので、関わり合いにならないように、急ぎ足で通り過ぎようとした。
男はしかし、Oさんに大きな声で話かけてきた。
「おい、なんとかしてくれよ!」
なんの話をしているのやら、男が同じ問いかけをくりかえすうちに、Oさんにもわかってきた。
白いひもだった。
正確にはひもじゃなかったかもしれない。一メートルくらいの長さのそれは、男の頭上の空中を、風もないのにくねくねと舞っていた。
「どういうつもりなんだよ、あれほどいったのに、なんでなんだよ!」
男の剣幕はものすごく、Oさんはわけもわからないままただうなずくしかできなかった。
すると、いきなり白いひもがシュッと動いた。Oさんには、白いひもの先端が、男の頭のてっぺんに触れたように見えた。
とたんに、男の姿が、まるで折りたたむようにして消えてしまった。
男が消えると同時に、白いひもも消えていた。
ただ、Oさんはどうしても、男が白いひもにさらわれたとは思えなかった。
男はみょうにチグハクな服装だったし、顔も、怒鳴っているわりには表情がなかった。不自然なことこのうえない。
だからあれはさらわれたんじゃなくて回収されたんだ、とOさんは思っている。

KWAIDANシリーズ.....


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